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開院した理由
ケンユウカイロストーリー
  • 意識不明の重体

    私がこの業界に進もうと思ったきっかけは、20歳の時にバイクで事故に遭い
    5日間意識不明の重体で約2ヶ月間入院したことがきっかけです。
    幸い命には別状無く、日常生活は普通に送れるようになりましが、
    事故の影響で左肩がうまく動かず、高校から続けていたラグビーに
    支障をきたしていました。

  • カイロプラクティックとの出会い

    整形外科や接骨院に行っても治らなくて悩んでいたころ、
    神戸製鋼ラグビー部員の方に大阪のカイロプラクティックを紹介
    していただき、 「カイロプラスティック??よくわからないな 
    でも治るんやったら行ってみよう!」とわらをもつかむ思いで行き、
    治療をして頂くことになりました。

  • カイロプラクティックを受けた感想

    今まで行ったことのある病院のリハビリや接骨院では痛い
    ところをただ少し触って、はい終わりって感じでしたが
    それに比べカイロプラクティックの安藤先生
    (ドクター オブカイロプラクティック)の治療は、
    痛みの出ているところはもちろんですが、 身体全体のことを
    考えバランスをとっていくような治療でした。

    「このような治療もあるんだな、
            カイロプラクティックってすごいなあ」
                         と思いました。

    安藤先生(D.C)には、肩の治療と 身体のコンディショニングの治療を
    3年間していただき、大学生活を 終えるまで、無事にラグビーを
    続けていくことができました。

  • カイロプラクティックをしよう

    治療をしていただいた3年間、安藤先生(D.C) の姿を見ていて、
    私も将来先生みたいに痛みで困っている人の手助けがしたい
    という想いが生まれ、 カイロプラクティックの勉強をしていく
    ことに決めました。

  • 基礎医学(解剖学、生理学、運動学など)を学ぶために専門学校へ

    安藤先生(D.C)の勧めで鍼灸専門学校、柔整専門学校に
    合計4年通いました。
    専門学校に通い出した頃、朝から夕方までは鍼灸院での助手、
    夕方からは学校という生活スタイルで、最初の3ヶ月ほどは
    元気よく生活していましたが、
    はじめての丁稚奉公、
    はじめての一人暮らし、
    はじめての仕事と学業の両立と
    “はじめて”づくしのため、体調を崩してしまい、
    本業の学業にも支障をきたすようになってきました。
    それに加え阪神大震災、恩師安藤先生の逝去などがありました。

  • カイロプラクティックオフィス開院

    その後、周りのみなさんのサポートに助けられながら、
    それぞれの国家資格も取得、 整形外科で4年半研修を行い、
    2002年9月に現在の治療院を開業しました。
    最初の4年間は治療院が2階でしたので、痛みのある患者さんには
    階段があるために大変ご迷惑をおかけしました。
    2004年からは柔道整復専門学校に講師として行き、
    後進の指導にもあたっています。
    2006年から現在の1階の場所に移ることができ、患者さんにも
    わかりやすく、入りやすくなったと喜んでいただいています。

    現在も初心である“私を助けてくれたカイロプラクティックで、
    私と同じように困っている人のお役に立ちたい”
    という想いで、日々施術を行っています。

  • けんゆうカイロプラクティックの考え

    けんゆうカイロプラクティックでは、腰痛で苦しんでいる方を助けたい、サポートしたいと考えています。私は幸い良いカイロプラクティックの先生、良いトレーニングのレーナーと出会うことが出来ました。そのお陰で、朝、ベッドから起き上がるのに15分かかったことも、自分一人で靴下を履くことが出来なかったことも、「これは手術したほうがいいですね」と整形外科で言われたこともありましたが、いまではそんなことはありません。腰痛が出ないコツをつかみました。何をしていたら腰痛が出てこないのかなどもわかりました。その方法を少しでも多くの腰痛で苦しんでいる方に伝え、一緒に腰痛改善の道を歩いていきたいと思っています。
    腰痛の辛さは腰痛で苦しんだ私がよく知っています。腰痛でお困りの方、お気軽にご連絡ください。